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東京高等裁判所 昭和33年(う)1935号 判決

被告人 中村繁 外二名

主文

原判決を破棄する。

被告人中村繁、同鈴木京一、同鈴木保を各懲役六月に処する。

この裁判確定の日からいずれも二年間右刑の執行を猶予する。

被告人中村繁に対し公職選挙法第二百五十二条第一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

理由

次に職権により原判決が被告人鈴木京一、同鈴木保に対し追徴を言い渡したことの当否について考察すると、当審の検察官は右追徴を求めた根拠につき大様次のように釈明した。即ち(イ)被告人鈴木京一は相被告人中村繁より買収資金として六万円の交付を受け、右受交付金員中より単独で二万二千円を供与し、相被告人鈴木保と共謀の上二万一千九百五十円相当の金品を供与したのである(同人は右共謀による金品供与の資金として鈴木保に二万七千五百円を手交しておる)のであるから、同被告人の受交付の事実は右金品供与の罪に全面的に吸収され別罪を構成しない。従つて右受交付金員六万円と、同人が供与した金員及び鈴木保に供与のための資金として手渡した金員との合計四万九千五百円とその差額一万五百円は同被告人が前記受交付により受けた利益として追徴すべきものである。(即ち、これによれば受交付の事実は当然公訴事実中に含まれているとするのである。)(ロ)被告人鈴木保は鈴木京一と共謀の上金品合計二万一千九百五十円相当を供与し、同被告人単独で金三千円を供与し、二千円相当の饗応をしたが、右供与饗応の資金として鈴木京一より合計三万五百円を受け取つたほか、鈴木京一より自己に五千円の供与を受けておるので、右金員総計三万五千五百円の内から同被告人が単独または共謀で供与または饗応した金品、費用等合計二万六千九百五十円との差額八千五百五十円(原審認定の七千五百五十円は誤算によるものと解する)は同被告人が本件について受けた利益として追徴を求めたのであるが、当審検察官としては鈴木保に対する追徴については然るべく裁判ありたいと言うにある。(即ちこれによれば、被告人鈴木保については、受交付または受供与の事実について起訴があることは検察官においても敢て主張をしないものと認めらる。)

しかし公職選挙法第二百二十四条の没収追徴の規定は「利益収受者」に対する刑として規定されているのであるから(最高裁判所昭和二三年(れ)第一六六三号昭和二五年六月二八日大法廷判決参照)同条により没収または追徴をするには、没収または追徴の原因となるべき受交付または受供与の事実が当該被告人に対する公訴事実中に明示されていることを要するものと解する。しかるに本件各起訴状の記載によるも被告人鈴木保についてはその受交付または受供与の事実は、犯罪として起訴されていないことはもちろん、同被告人の公訴事実中に含まれているものと認むべき何らの根拠を見出だすことができない。即ち同被告人については本件追徴の基礎となるべき受交付または受供与の事実はその起訴がないものと認めるの外なく、原審がこの点を看過し同被告人に対し追徴の言渡をしたことは、既にこの点において失当たるを免れない。

次に被告人鈴木京一については、検察官は同人は単独または共謀の上、交付を受けた金員の一部を委託の趣旨に従つて供与したのであるから、このような場合には受交付罪は供与罪に全部吸収されて別の犯罪を構成しない。(この点に関する同趣旨の判例を引用している)従つて受交付の事実はこの場合は供与罪の起訴により当然その公訴事実の範囲内に含まれるものである。従つて同被告人に対してはその交付を受けた金員と、供与しまたは供与資金として手渡した金員との残額はこれを追徴すべきものであると主張するのである。なるほど所論引用の判例は所論と同一の見解に立ち、このような場合は、供与の事実が起訴されている以上、受交付の事実について起訴がなくても供与の残額について追徴の言渡をすべきものとしているのであるが、この点に関する判例は必ずしも所論の判例の趣旨に統一されているのではないのであつて、最高裁判所において、「金員の交付を受けた選挙運動者がその一部を選挙人に供与した場合その部分については供与罪のみが成立し受交付罪はこれに吸収されるが、残部については受交付罪が成立する」旨判示した例があり(最高裁判所昭和三〇年(あ)第一八一六号同年一二月一三日第三小法廷決定参照)、またこれと全く同趣旨の東京高等裁判所判例(東京高等裁判所昭和二八年(う)第九一七号同年六月一三日第十刑事部判決高等裁判所判例集六巻七号八三九頁参照)も存するのである。当裁判所は、本件のように受交付者が受交付金員の一部を他に供与し、その部分については受交付罪は供与罪に吸収され別罪を構成しないと解される場合でも、その残額について没収追徴の言渡をするためには、少くとも右受交付の事実が当該被告人に対する公訴事実中に明示されていることを要するものと解するのであつて、起訴状には単に供与の事実のみが公訴事実として記載され、受交付の事実については何らの記載がなく、記録上その供与の目的となつた金員が、他より交付を受けた金員の一部であることが認められる場合でも、右受交付金員より、供与した金員を除いた残額について、当然没収または追徴の言渡をすべきであると言う見解は、没収追徴が明文上利益収受者に対する附加刑として規定されている趣旨から見ても、余りに被告人に不意討の不利益を帰せしめる結果となるものと考えられるから、右見解には到底賛成することができないのである。しかるに本件起訴状によれば、被告人鈴木京一が金員の交付を受けたと言う事実は相被告人中村繁の金品交付の起訴事実の反面として認めうるに止まり、被告人鈴木京一がその中から、供与しまたは供与資金として手渡した金員の残額について受交付罪として起訴がないのは勿論、同被告人に対する公訴事実自体に何ら受交付の事実は明示されていないのであるから、同被告人が交付を受けた金員中より他に供与し、または供与すべき資金として手渡した残額については、これを公職選挙法第二百二十四条の規定により没収または追徴の言渡をしえないものと解するのが相当である。

これを要するに、本件において被告人鈴木京一並びに鈴木保について、受交付または受供与の事実は、同被告人等に対する公訴事実中に何らの記載がないのであるからその交付または供与を受けた金員の全部または一部について公職選挙法第二百二十四条の規定による没収追徴の言渡をなしえないものと解すべく、この点において原判決は法令の解釈適用を誤り前記被告人両名に対し不法に追徴の言渡をした違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、被告人鈴木京一、同鈴木保に対する関係においても原判決は破棄を免れない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 坂井改造 山本長治 荒川省三)

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